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いのちの軌跡

 忘れらない人。取材を続けていると、時折、そうした「一生もの」の出会いに遭遇することがある。こんなふうに言うと、なんだ、ほとんどは忘れているのか、と叱られそうだけれど、記憶にある、ということとは違う、例えるなら、どこかに小さなトゲが刺さったままのような感覚を残す出会いのことだ。

 今から11年前、土井雅子さんという女性を訪ねた。当時56歳。夫婦でたこ焼き店を切り盛りする明るい人だった。私の母と同い年の土井さんには、やはり私と同じ年頃の娘さんがいて、「最近の子はみんな仕事が好きやねぇ」と、いずれにも浮いた話のないことを嘆きつつ、ふと真顔に戻って「なんでこんな病気になってしもたんやろね・・・」と、ポツリ漏らした。

 土井さんは、アスベスト(石綿)を吸ったことで起こる特有のがん・中皮腫を患い、数週間後には左肺を摘出する大手術が控えていた。その様子を撮影させてほしいというのが、私の訪問の目的だったが、アスベストを吸う仕事に就いた経験もないのに、と途方に暮れる土井さんの姿を見て、思わず「一緒に原因を探しましょう」と声をかけていた。当時、労災認定を得る以外には、中皮腫の患者が補償される術はなく、「どこで」を明らかにすることは切実な問題だったからだ。

 そして、ここからの取材が転機となり、大手機械メーカー・クボタの旧神崎工場(兵庫県尼崎市)周辺でのアスベストによる住民の健康被害が、一人、また一人と明らかになっていった。取材は翌2005年、『終わりなき葬列』(朝日放送)というドキュメンタリー番組にまとめられ、その後の報道も加わって、患者救済の道は大きく変わっていったのだが、私の気持ちは、なぜか晴れなかった。

 果たして本当に、これは土井さんが望んだ結果だったのだろうか。「告発」の立役者として、誰もが知る存在となるのではなく、辛い闘病生活を少しでも穏やかに過ごしたかったのではなかったか。その思いがいつも心の片隅にあった。2年後、彼女は亡くなり、その本心を聞くことはもうかなわないが、最近になって、ひとつの答えを見つけたような気がしている。

 あの頃、まだ何の確信もないまま尼崎の街を共に歩き調査した同志、古川和子さん(中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会会長)が、ある賞を受賞することになり、先月授賞式に参加させてもらった。壇上で掲げられた横断幕には、苦しい病の中、国や企業を相手に闘い抜いた大勢の患者さんたちの写真が並んでいる。その中には土井さんの写真もあった。初めて出会ったときよりも、凛として誇りに満ちた笑顔だった。そうして気づく。彼女は希望を持っていたんだ。後に続く仲間が、きっと世界を変えてくれると。

 そのいのちの軌跡は、今も未来を描いている。


                                    2015年8月17日(月曜日)京都新聞 夕刊




店主一。

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ムーレック“のんびり、ちょっぴり、世界とつながる”をコンセプトに、アジアを主とする世界の子ども支援を目的とした、町屋スタイルのカフェ&雑貨ショップです。

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