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なまけものの森で

 タイ北部。チェンマイ県のとある山中に、人口600人に満たない小さな村がある。山岳民カレン族の村だ。村の人々は、自分たちを「パガヨー」と呼ぶ。森とともに生きる者、という意味だそうだ。首にリングを巻くカレン族(自称はカヤン)が有名だが、パガヨーの人々とは分類上も異なる。

 このパガヨーの村に、「なまけもの」がいると聞き、知人の案内で訪れた。チェンマイ市内から車で約1時間半。どこに目印があるのか、まるで見当もつかない分かれ道をいくつも過ぎ、ようやく目的地にたどり着いた。竹垣をしつらえた高床式の家が、道の両脇にゆったり並んでいる。ふいに「これ、これ!」と、知人が森の茂みを指さした。サクランボ色をした小さな実がひとつふたつとなっている。コーヒーの木だ。熟れた実を一粒ぱくり。ほんのり甘い。
 
 私が会いたかった「なまけもの」とは、実はこの村でコーヒー作りを担う青年グループのことだ。後発のイメージが強いタイコーヒーだが、意外にも歴史は古く、30年以上も前に栽培が始められていた。かつて、タイ国内で合法だった芥子栽培(アヘンの原料)に代わるものとして、タイ王室や国連の主導で導入された。しかし、同時に入ってきた柿や梨、アボカドなどに比べて実用性に乏しく、ほとんど手つかずのまま野生化していたそうだ。そこから時代を経て、タイにはコーヒーブームが到来、村でもコーヒーを飲む人が増えてきた。そこに注目したのが、流行に敏感な村の若者たちというわけだ。

 彼らは数年かけて、同じような条件でコーヒーを栽培する山岳部の村々を訪ね、苗の栽培方法から収穫のタイミング、精製や焙煎に至るまで試行錯誤を重ねてきた。そしてようやく自分たちの納得のいくコーヒーが出来上がり、一気に販路拡大へ・・・と思いきや、今まで通り、米を作り、野菜を育てているのだという。自給自足の生活をする彼らにとって、「貴重」な現金収入であるはずのコーヒー栽培なのに・・・。答えるかわりに、青年グループのリーダーは村のコーヒー畑へ行こうと言った。山道を歩くこと1時間。「はい着きましたよ」。え?ここ?生い茂る森の緑にもう一度目をやる。あっ!さっき見た赤い実がぽつぽつと顔をのぞかせている。そこは雑木林ならぬ雑木畑。収穫を終えたばかりだったとはいえ、南米のコーヒー農園のイメージはあっけなく崩れ去った。畑に必要な水や栄養は、森が何百年とかけて育み蓄えたものだ。
 
 「森は人間のものではありません。人間が森の一部なんです」。だから・・・と彼は続ける。「僕らはなまけものでいようと決めたんです」。森を拓き、稲作をやめ、コーヒーを売り、米を買う。そのおかしさを、自然を守るという上から目線や、貨幣経済を最良とする「文明」社会への批判では語らない。なぜコーヒーを作り続けるの?「村のコーヒーは美味しいでしょう?その理由を知ってほしいからです」。なまけものたちのコーヒーはラパト(偉大なる山)と名付けられている。


                                   2015年10月16日(金曜日)京都新聞 夕刊




店主一。
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