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お母さん、と呼ばないで?

 学校で、先生のことをつい「お母さん」と呼んでしまった経験はありませんか?子どものころは、間違えた恥ずかしさから、その後やけにそっけない態度を取ったりもしたのですが、今になってみると、子どもながらに距離の近さを感じていたのだと思います。

 3年前、私は妊婦さんたちの取材をしていました。出産に至って初めて病院へ来る、あるいは、妊婦健診をほとんど受けないまま出産に臨む女性たち。専門的には未受診妊婦と称されますが、「飛び込み出産」と言った方が馴染みはあるかもしれません。腹痛で救急搬送され、そのときの診察で妊娠を知らされた女性もいました。彼女はその夜、元気な女の子を産みました。父親は分かりません。

 インターネットカフェのトイレで出産し、病院に運ばれてきた女性もいました。親からの虐待を受けて育った彼女にとって、「家族」を持つことは大切な夢でした。けれど、親の愛情がどういうものかは、今も分からないのだと言います。数日後、彼女は笑顔を見せることなく、ひとりで病院を後にしました。

 当時19歳だった女性は、「お母さん」になりたくて、妊娠を知った後も病院を受診しませんでした。親の猛反対で、中絶をした経験があるからです。年若いカップルにとって、それが唯一の子どもを守る手だてでした。

 そのひとつひとつに、私は腹を立てたり、困惑したり、涙したりしてきましたが、なぜ彼女たちがそんな選択をしたのか、本当のところは理解できませんでした。ただ、彼女たちが皆、とても寂しい存在なんだと感じていました。たとえ家族がいても、パートナーがいても、心を分かち合う相手がいません。何より彼女たち自身が、自分の存在を受け入れていないように思えたのです。自分だけを必要とする小さな命は、生きる理由を教えてくれる道しるべだったのかもしれません。

 出産に立ち会ったことが縁で、19歳の彼女とは今でも連絡を取り合っています。そのとき生まれた赤ちゃんには、その後小さな弟ができ、しっかりとしたお兄ちゃんの顔になりました。取材を始めたばかりのころ、自分の親と同世代の私に、彼女は警戒心いっぱいでした。その距離がぐっと縮まったように感じたのは、陣痛室で背中をさすっているときのことです。隣のベッドの妊婦さんには、母親の付き添いがありました。母親になろうとしていた彼女が、その瞬間にいちばん欲していたのは、きっと母親だったのです。

 「お母さん」は、誰かが代わりをしてあげることができると、私は思います。それは、産みの親と育ての親という限定的な意味合いではなく、性別でもなく、社会として「お母さん」になるということです。見捨てない、突き放さないというメッセージは、「親」のそれと同じではないかと思うからです。まだまだ「お姉さん」も捨て難いけれど・・・。




                                       2016年4月4日(月曜日)京都新聞 夕刊




店主一。
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ムーレック“のんびり、ちょっぴり、世界とつながる”をコンセプトに、アジアを主とする世界の子ども支援を目的とした、町屋スタイルのカフェ&雑貨ショップです。

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